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プロクラシスト

みんなのProcrastination(先延ばし、回り道)を少しでも有意義に。

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新興宗教と僕の家族

久しぶりに実家に帰ると、家族が新興宗教にハマっていたら、皆さんはどうしますか。 これは、僕が大学生の頃に実際に家族の中で起こった話です。

※辛い話ではないことは先に言っておきます!

僕と僕の家族

僕には飽き性の血が流れています。それがコンプレクッスだったこともありました。 また、精神論は信じていますが神は信じていません。故に無宗教です。 僕の一家はみんなそんな感じなのです。祖父母も父母も、妹も。 毎日興味の対象は移り変わるし、家族の他の人の興味には興味がない。 熱し易く冷め易いGoing My Wayな一家です。

それを強く感じ始めたのは、大学生になってからでした。 上京した僕は半年に一回程度の頻度で帰省をする。その時、帰ると家の中のブームは、大抵変わっているのです。

ある時はルームランナーを買って運動して見たり、またある時はライブにハマりグッズで溢れていたり、 またまたある時はセドリにハマり漫画が大量に家にあったりと。ジャンルとか全く関係なくハマった物をしていました。 よくこんな片田舎で、これだけ多彩なジャンルのものに触れらるなと、尊敬の念すら覚えます。

異変

大学3年生の冬、いつものように帰省しました。 「今回は何にハマっているのかな」 と、ちょっとだけ期待しながら帰りました。

帰省して、唖然としました。

謎の神棚、謎のお祈りの時間、謎のお札。

母と祖母が新興宗教にハマっていたのです。 知人に誘われて宗教をはじめたとのこと。 なかなかに絶望しました。批判を恐れず正直にいうと、無宗教の人と新興宗教の人が身近な場所に混在するというのはなんとも居心地が悪いです。得体の知れない気味の悪さ、いつか勧誘されるかもしれないという不安、誰かを勧誘するのではという不安が入り乱れていました。

この時、色々と悪いことが重なっていたので、ダブルパンチです。 ただ、あんまり二人には強く言えませんでした。二人も同じ境遇で、弱っていたのでしょう。心の拠り所として宗教を選んだ人に、なかなか強くは言えません。僕たちが拠り所になってあげられなかったという後ろめたさも、少しありました。

宗教の名前を聞いて、ググってみると、そこまで危険性の高いものではなさそうだったので少し安心しました。 「他の人の勧誘だけはやめてね」とだけ釘を刺して、静観することにしました。

一年後

それからしばらく東京で忙しくしていて、一息ついたときに家に帰ろうと思いました。 ふと、あの謎の神棚と謎のお祈りの儀式を思い出します。 まだやっているのかな。少し心配です。

帰省して、また唖然としました。

ホコリをかぶった神棚、忘れ去られたお祈りの時間。

そう、彼女たちは宗教に飽きたのです

その時は福山雅治にどっぷりハマっていて、中四国のライブを抑えていました。 帰省した一週間、誰もそのことには触れませんでしたが、少なくとも1日3回していたお祈りは、一週間のうち一度も観測しませんでした。

まさか宗教も一過性のものだったとは…驚きましたけど、少しホッとしたのを覚えています。 これでこそ、我が家です。おかえり我が家!

久しぶりに

基本人のことなんか興味なくて、各々が別の話題を喋っているカオスな食卓。 半年周期でくる何かしらのブーム。そんな我が家は少しホッとします。

そして、飽き性は僕のコンプレックスでしたが、もう諦めました。 宗教にさえ飽きる一家の子供の飽き性が治るはずもありません。 この性格のおかげで、いろんなことを経験できたし、いろんなことを知れました。 今では自分の性格も認められます。

さて、いろんな事情があってしばらく実家には帰れていませんでした。 おそらく多大な心配をかけたと思います。 一年ぶりくらいに電話をかけて、今の凄惨な状況をありのまま伝えると

「まあ、大丈夫よ!」

との返答。根拠なし。でもこれでこそ我が家です。心配もしっかり伝わってきます。

そんなこんなで、久しぶりに実家に帰ろうと思います。 また、何かにハマっているのかな、なんてちょっとだけ期待しながら。